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市史ミニ講座~徳川吉宗と鴨川~

ページID:0001031 更新日:2021年6月2日更新 印刷ページ表示

徳川吉宗と鴨川

  • 江戸幕府の八代将軍として登場し、「享保(キョウホウ)の改革」を推進して幕府中興の英主といわれる徳川吉宗は、嶺岡牧(ミネオカマキ)を通して当市と深いかかわりを持った人物といえます。
  • 安房国には、古代に白浜牧(シラハママキ)と師牧(オノシノマキ)という二つの馬牧(ウママキ)が置かれたといいますが、その後、いつしか廃絶の状態になりました。
  • やがて、戦国時代に入り、当地を支配した里見氏が軍馬養成の目的で、牧を開いたといいます。牧域も広げられ、里見氏の経営が続きましたが、江戸時代の初めに里見氏は取り潰しとなり、牧は幕府の管理下に置かれました。
  • しかし、積極的な経営も行われなかったため、牧は次第に衰微して行きました。
    この嶺岡牧を再興したのが、徳川吉宗でした。
  • 嶺岡牧は、市の中央部を東西に横切る嶺岡山系の自然地形を利用して開かれた牧場です。
  • 吉宗は、享保7(1721)年に、衰微した嶺岡牧の再興に着手しました。
    そして、馬のみでなく、インド産の白牛(乳牛)3頭を輸入し、嶺岡牧に放って繁殖を図りました。
  • 70年後の寛政4(1792)年には、70頭ほどに増加し、この白牛の乳をもって酪(ラク)(バタ-)が作られたといいます。
  • 当地が、日本の酪農発祥地といわれる所以(ユエン)は、ここにあります。

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